「情熱を傾けた青春のひとコマ」

提供者: 昭和39年(1964)-石黒潔。 年度: 昭和39年(1964)。 区分: 寄稿文

半世紀も前のことを、ぼけ始めた頭で思い出す事はかなり困難な作業だ。幾つかある青春の思い出の一つとして、テニス部のために幾ばくかの貢献をしたのかなと秘かに思っていることがある。多少の記憶違いは勘弁して頂き、記憶を辿りながらご紹介したいと思う。

まず、入部の経緯に触れておきたい。大学は1960年に入学、時まさに60年安保の真最中だった。ノンポリの私は、入学の開放感と高校時代はスポーツに縁遠かったが為に、体育会系の部活で汗を流したいという気持ちが強かった。テニスは素人だったが、スマートな響きがあり、さほどハードではなかろうと軽く考えて、上板橋の部室の門を叩いた。ところが、当時の立教は一部校が4校しかない時代にその一角を占める強豪校だと云う事を知らなかった。同学年では高橋道男、松下充孝、笹山隆男など、高校時代に全国に名を馳せた選手ばかりだった。例外もいた、多治見市からきた伊藤正信と徳島商業から甲子園出場の経験がある玉置秀雄の2名だ。しかしながら私はダントツに下手で、レギュラー選手になるなど「夢の又夢」だという事が直ぐに理解できた。

3年生になると、才能もなくテニスを続けることに限界を感じていた私は、友人の勧めもあってゼミを取ることにした。二足のわらじを履くのは難しいと思い、部活から足を洗う事を考えていた時、上級生の中沢義治さんからテニスはやらなくてよいから、会計の仕事をやってはと言う話がきた。テニスで芽が出る可能性はゼロだったが、2年間苦楽を共にした10人の仲間と別れるのも辛いなと思っていたので、会計の仕事を引き受けてテニス部に残る事にした。

仕事を引き受けてみてビックリしたことは、部には大きな借金がある事だった。主にフミヤのボール代が数十万円あり、砂の購入代金など名倉スポーツにもかなりの借金が残っていた。これを返済するには、部費やOB会費だけではとても間に合わない。一気に金を作らなければ何時までたっても片付かない。当時学生の間では金集めの為にダンスパーティーを開催するのが流行っていたが、ホールの広さの関係で2~300人を集めるのが精一杯だった。そこで思いついたのが、タッカーホールで「映画と音楽会の夕べ」を開けば、1000人位は集めることが出来ると考えた。洋画の配給会社におられた先輩から「グレンミラー物語」をお借りし、更に立教と早慶3大学ジャズフェスティバルを開催した。結果は大成功だった。売り上げはざっと20万円位だったろうか。フミヤには借金がその3倍もあったため興行は成功したが、借金を完済するには程遠かった。

この成功で自信を得て、一気に借金を完済できるような興行をもう一度打ちたいと思った。4年生になると唐沢靖治らと相談した。当時東京で比較的大きなホールは文京公会堂だったが、せいぜい2000人くらいの収容能力だった。これではまだ借金を完済できない。調べていくと最大の収容能力がある所は、日比谷公園の野外音楽堂だという事が分かった。座席数は約5000席、チケットが一枚200円とすると売上げは100万か!これだと思い、早速実行に移した。問題は雨。降る可能性が一番低い季節を選ぶしかなく、真夏の一夜に勝負を賭けた。出し物は6大学軽音楽フェスティバルとした。手分けして各大学の人気バンドと出演交渉をした。私も明治大学のマンドリンクラブの部室に行き、出演交渉をした。

40名位の部員で5000枚のチケットを捌くのは困難な仕事ではあったが、そこは50年の歴史を誇る庭球部である。先輩の力は凄かった。自腹も切って頂いたと思う、チケットを部下や女子社員等にばら撒いて頂いたお陰で完売に近い結果となった。当時OB会費は、毎月先輩の勤め先を訪問して集めていたが、このフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、この時大いに力を発揮した訳だ。

公演当日は暑い日で、雨の心配は全くなく胸を撫で下ろした。お客様は女性が多く、開演前から長蛇の列を成した。6大学の学生バンドが当時のOLには大変新鮮に見えたのだろう。全てが計画通りに運び興行は大成功に終わった。ただ一つ、事前に全く予想しなかった事が起こった。公演の真最中に音楽著作権協会の人が現れプログラムを見せて下さいと言う。野外の薄明かりの下で私が応接、プログラムを示すと楽曲名の上に手際よく丸印を付けて、これらの曲の印税は後日請求しますと言われた。5000人近くの観客を動員すれば目立つのは当たり前、知らなかったとは言えルールである以上仕方がない事だが、予期せぬ事態に凄くビックリした事が忘れられない。

ともあれ、出演者のギャラや会場の使用料、印税、チケットやパンフの印刷代を差し引いても、借金を完済するには十分な利益を上げることが出来た。以上、テニス部の中で、テニスの劣等生が情熱を傾けた青春のひとコマを、ここに紹介させて頂きました。