合宿の思い出

提供者: 昭和16年(1941)-川嶋一郎。 区分: 寄稿文

常時の合宿所が椎名町の線路沿いにあり地方から入学した者の下宿も兼ねていた。

私の主将の時春のリーグ戦の近い日に部員数名が下痢をして中毒の様な状況で診察を受けて万一伝染病だったら全員外出禁止となり試合もできなくなるので私が石鹸水の浣腸をして事なきを得たことも思い出の一つです。

野球部、バスケットボール部、アイスホッケー部が強く度々優勝していた野球部には西郷、柚木、田部の名手がいてプロ野球選手に行った。バスケット部ポールラッシュさんが部長で(戦後CCDの将校として来日)張さんと云うオールジャパンの名手も居た。

アイスホッケー部には砂田、谷、後藤と云うオールジャパン名手も居た。